飛び出せ!青春

私の思春期というのは、ちょうど全共闘の熱い時代が完全に収束し、そこここにくすぶっていた熾火も全面的に鎮火した、そのもっとあとの頃でした。

一億総中流と言われた時代が続き、大学に行くことをモラトリアム(執行猶予)とも呼ばれ、できれば現実と向かい合いたくないという風潮もあったと思います。
誰もが突出したものを持つ必要を感じることもなく、されど世間並みからは大きく沈みたくはないと思っていた時代。

どこへ向かっているかわからない、けれど未来にはなにかパサパサした味気のない、無味乾燥の世界が待っている・・
そこには理想を追う姿はなく、あるのはただ刑が執行されるのを待っているような雰囲気・・
私たちはシラけ世代と呼ばれ、また三無主義とも言われました。

それでも、できればよい将来を送りたいというのは、誰しも持つ人情です。
どうやったらよい将来を得ることができるか?それはできるだけ良い成績を取って、できるだけよい高校、大学に入り、できるだけよい会社に就職すること。
それは特段、楽しく、モチベーションの上がるものではなかったけれども、それ以外には特には思い当たらないのも事実でした。
つまりなにか、それを超えるファクターを持った将来設計は見当たらなかったわけです。
考えてみれば、つまらない人生ですよね。

*******

当時、神奈川県の中学にはア・テスト(アチーブメント・テスト)というものがあり、それが高校入試へのいちばん大きな内申書の要素になるものでした。
もしもこのテストに失敗したら、それだけでその後の上り階段へとさしかかる鳥羽口でつまずく形になり、やがては将来に大きなダメージがあるという思いが、誰にもあったと思います。
いや逆に、先生たちからそのようなプレッシャーをかけられていたのです。
もちろん、我々のことを思ってなのでしょうけれど・・

高校の先生にも言われました。
「思い出だけじゃァ生活はできねェんだよ~!」
「いま、しっかりベンキョ~しねェと、あとでしっかり後悔することになるんだぞォォォ!」

*********

そんな時代、私(たち)の乾ききった心に、あたかも岩清水が染み込むように登場したドラマが、「飛び出せ!青春」でした。
それは私が、小学生から中学生になるときに始まりました。

なんなのでしょう、理屈抜きのこの感動は。
まるで砂漠のなかのオアシスのように、心の渇きを癒やしてくれるようでした。
私は、ごく自然に惹かれてゆきました。

ドラマではみな、一生懸命に悩み、苦しんでいる。
泣いて、笑って、そしてまた泣いて。
ただひたむきに生きる、そんな先生と生徒たちの物語。

「人生の価値はカネや地位や名誉じゃない!」
「幸福は他人じゃなく、自分が決めるんだ!」
「損得だけで動いてもちっとも楽しくない!」

そのドラマからは、そんなことを教わったような気がします。
さりとて、これはただのきれいごとではなく、人生の悲喜のあわいや機微がちりばめられていて、私は見るたびに、心が豊かになっていく心持ちがしておりました。

あれから40年ほど経ちますが、おそらく私のこころはなんら変わっておりません(成長がない・・)。
ふと思い立って、購入しました(DVDがあったなんて知りませんでした)。
しっかりオトナ買いですナ。

でも、しばらくは見ることはないでしょう。
43話、ひとりでじっくり見れる機会はまずないであろうからです。


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# by ryu-s1959 | 2017-05-17 18:26 | 随感

藤沢

ここは、かつて私が勤めていた地です。
や~相変わらず独特な空気が流れています。

久々に来てみて、とある店に入りました。
そして、すぐに私は感じ取りました。
ち、違う!他のところと違う!
ミョ~に落ち着く。

なななんなんだ、このしっくり感は!
流れてる音楽もなぜかどことなく懐かしい。
「美女と野獣」が流れていても、なぜだかオールディーズのようにも感じてしまう。

来ている客も、どことなく通常の店の客とは違い、皆ゆるゆるしていて自然体そのもの。

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年配のおばさんが、スマホのことがわからないのか、
「ちょっとすみませ~ん、教えてくれる?」
と、向かい側の席に座ってる兄ちゃんに声かける。

「あ~ハイ・・」と対応する兄ちゃん。
しばしして、またおばさん、兄ちゃんに聞きに行く。
兄ちゃん対応する。

しばしして、おばさん、兄ちゃんにひと皿ドーナツかなにか、プレゼントする。
兄ちゃんニッコリして、「ど~も」と頭下げる。

*******

おギャルのご一行さま4名が近くに座る。
ただし、そのままなにか注文するでもなく、数十分ただただダベってる。

*******

従業員のお姉ちゃん。
コーヒーおかわり持ってきて、ニッコリ笑ってついでくれる。

子ども連れのお母さんの分のお皿、席まで持って行ってあげる。
子どもに向かってまたニッコリ。

なななんなんだ、やけに感じイイ。
あくまで彼女は自然体。
こんなの見たの、ずいぶんと久しいなァ。

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パンプスかヒールかわからないのですが、カツンカツン!と音を響かせてズンズン歩くお姉ちゃんも、いました。
フロアもかすかに、揺れています。
私は彼女を、「威風堂々」と名づけました。

*******

ときに、南口には、出口のすぐそばにちょっとした、といいますか狭い広場があって、そこが喫煙場所になっています。
久々に来てみて、もうタバコ吸える場所はなくなってるんじゃないかと思ったら、どっこい残ってました、ブラボー!

ここもまた、なんといいますか昭和といいますか、タイムスリップしたような趣があります。
しかも集まってくる人たちが、一見、フツーの人なのか病んでる人なのか遊んでる人なのか、ようわかりまへん・・

かつては、ホンモノの浮浪者を、けっこう見かけたものです。
いまではホンモノというにはいささかフツー感もありますが、フツーというにはおこがましいような方々が、おいでになっています。
総じて以前と、変わりません。

ここで一服していると、万感の思いがこみ上げてきます。
なぜならここは、Sさんと来ていた場所だからです。
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# by ryu-s1959 | 2017-05-03 20:49 | 随感

整体セミナー

あるとき、自分のセミナーページのSEOの状況がどんなもんかと、上記で検索をかけてみました。

日ごろはあまり関心を持ったりしませんので、これまであまりやったことはありませんでした。
が、ふと思いついてやってみたのです。
結果、自分のところの順位はまァまァかなァとも思ったのですが、これもまたふと思いついて、上位の検索結果のHPを見てみました。

そうしたら、まァスゴイ!ものすごい短時間で痛いところがサクサク治っちゃうとのこと。
いろいろ読んでみますと、私なんぞは及びもつかない、いやいや野口晴哉さんでさえも遥かに及ばないスゴイ大天才がこぞって集まっています。
や~、そんなんだったらすぐポチっちゃいそうな勢いになっちゃいますよネ。

ところで、朱鯨亭のセミナーのページも出てきました。
そのなかには、セミナーの選び方についても述べてあります。

朱鯨亭の別所先生の説くセミナーの選び方、それは、「大げさなことを書いているところは避ける」とのことです。
そぉぉおおかぁぁ、なぁぁるほどぉぉ・・(ザァトラシーという突っ込みはなしで・・)
そうしますと、野口さんよりもスゴイ大天才は、一気に非現実的になってきてしまいます。
まァ、もとより当たり前ですよネ。

では、私の説くセミナーの選び方もひとつ書いておきましょう。
それは、「お金のことを書いてあるところは避ける」です。

セミナー受けたとたんに一気に売上倍増!とかなんとか・・
思わず身を乗り出すようになっています。
や~面白い。

まとめますとセミナーの選ぶ基準、それは、
大げさなことを書いているところは避ける
いくらいくら稼ぐと書いてあるところは避ける
このふたつでしょうか。

で、「ふたたび整体セミナーの」上位検索結果をあらかた見て、それらが書いていないところを探してみました。
結果は・・・
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# by ryu-s1959 | 2017-05-02 20:33 | 随感

世界征服を企む方は、ご苦労さん

私がご幼少のみぎり、地球侵略、あるいは世界征服を企む悪者から世界を守る正義のヒーローに憧れていました。
見るからに悪そうな悪の化身が、「フハハハ・・」などと笑いながら我々を侵そうとするのです。
しかしそこへ、正義のヒーローが平和を守るために颯爽と現れ、身を挺して戦うわけです。

*******・・

と、ちょっとここで、侵略したり植民地化するということは、ずいぶんなストレスがかかるのではないか・・、と、ふと思ったりします。
それを自分の身になぞらえてみますと、いやいや、思うだけで身の毛がよだちます。
歴史を俯瞰しても、征服した側は、宗教の問題やら生活習慣の問題やらで現地と軋轢が生じ、そのために四苦八苦します。

たとえば中国は万里の長城や兵馬俑などという歴史的遺産がありますが、これは強大な権力がないとできないことです。
秦の始皇帝などもそうであるように、あのような広大な地を統治するためには、権力を一点に集積する必要があったのでしょう。
そのストレスや、いかばかりか・・

しかも悪の化身は、給料にも見合わないと思われるのに、命を賭して正義のヒーローと戦わねばなりません。
しかもしかもです、「フハハハ・・」などと朗らかに笑いながらですよ、奥さん!

うわうわうわ、私にはそんな火中の栗を拾うような行為はムリです。
自己犠牲、利他の精神がないと、とてもとてもやってられません。
私なんざァ、ひたすら頭が下がる次第です。
とてもとてもマネできるものでは、毛頭ありません。

*******

ここで思い出すのは、以前にも書きました手相占いのことです。

よく当たるという、手相占い師。
半分ムリくり連れて行かれて(拉致されて・・?)、行列で人が待っているなかで、何故か私ひとりだけそこに並んでいました。
連れはその後、中華街を漫歩していたようです。

若い女性たちがキャピキャピしながら並んでいるなかで、ひとり場違いなヲッサンは針のむしろに立つがごとくに身を小さくし、前の人たちがどんなふうに占ってもらっているか聞きながら待っておりました。
連れに対し、「おぼえてろヨ~!」とワナワナしていたのを、よく覚えています。

そしてようやく自分の番。
占い師は、「あなたには天下取りの相がある、たぐいまれなる相だ!」と言いました。

私はといえば、ガビョ~ン!!
「いいいいいえボボボボクはそういったことには興味ありません!」

「でも、あなたにはその相が出ている、そういう運命なのです」

そそそそれだけは困る!私はあくまで自分本位ですから、天下を取ることによるストレスは、非常にQOL(生活の質)を下げるわけで、絶対に避けたい!

かくして私は、ガックリと背中を落としながら帰路につくのでした。

いま、私はゼッタイに「天下を取る」の「テ」の字にも染まらない、その匂いが少しでもしたら早々に芽を摘む、このような気持ちを、堅い意思と強い誓いとともにあらたにするのです。
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# by ryu-s1959 | 2017-04-19 20:14 | 随感

オレってグレ~ト・・?

私、こう見えて物持ちがよいです。

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ケータイストラップの巻

一番最初にケータイを買ったとき、それはおそらく1999年のことだったと記憶します。

初めてのケータイ。
線がなくても電話できる、これは小さい頃からの夢でもありました。

画面は緑がかった色で、むか~しの初期の初期のワープロの画面のようでした。
つながりも、決してよくはなかったと思います。

そしてもちろん、一緒にストラップも買います。
そのとき買ったストラップ、それにスナフキンがついてました。

そしていま、2017年。
相も変わらずガラケーにスナフキンつけてます。
いままで一度もストラップ、替えたことがありません。

いまどきガラケー、しかも手首に巻けるほどの長さのストラップを喜々としてつけているニンゲンは、まんずいないでしょう。

う~ん、オレってグレ~ト・・?

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靴の巻

20代半ばの頃、渋谷西武に勤めておりました。

1Fの靴屋さんに置いてあった靴。
私はそれに憧れていました。
いわゆる普通の革靴ですが、ウエルトの張り出しを狭くしたおしゃれなグッドイヤーウエルト製法で、しかもソールはなんとビブラム。

堅牢で、出来がシンプルで高雅。
しかし、5万円もします。

通常だと、ちょっと手の出ない金額。
それでも、エイヤッと気合い出して、買ってしまいました。

・・あれから30年。
いまでも履いています。

途中、ソールが減り、滑るようになってきたので、張り替えをしてもらいました。
靴屋のおやっさん曰く、「ビブラムでこんなに減ってるの、見たことない!」

だいぶ褪せも入り、かかとを入れる部分はボロボロになったので(使い方がザツ)継ぎで補強をしています。
でも、最初から機能的にはなにも変わりません。
減価償却、しまくりではないでしょうか。

う~ん、オレってグレ~ト・・?

*******

革ジャンの巻

私、革にはちょいとこだわりが・・
といっても、羊革のように柔らかくて高価なものではありません。
男なら、牛革ダ!

よい革ジャンの条件

1,重いもの
  密度が濃いため、へたりにくい。
2,しわがハッキリして多いもの
  なめすときに面積を拡げず、密度の濃いままに製品にしているため、縮みにくい。
3,チャックのしっかりしているもの
  チャックがチャチかったら心許ありません。

買ったのはアメ横の有名な中田屋。
お値段ニーキュッパ(2980円じゃないですよ!)。
これも、20代半ばです。
上記のような条件にバッチリ合うものを、中田屋以外もふくめて一日かけて選びました。

あれから、こちらも30年。
大した手入れはしていません。
数年に一回くらい、ミンクのオイルを塗っただけです。

まったく縮まず、ヘタれません。
一方、人間の方はかなりヘタっていますが・・、もしかして私よりも長生きするんじゃないかな・・

う~ん、オレってグレ~ト・・?

いやいや、単に安上がりな男なんだろ~なァ・・
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# by ryu-s1959 | 2017-04-11 07:51 | 随感

川崎

先日、アド街で川崎特集をやっていました。
私、実は川崎のデラックスレジデンスにもお住まいだったことがあるのです(お風呂はついてませんが)。
「どんだけ安アパートいくつも彷徨してんだよ~!」という声がこころなしか聞こえ・・(汗)

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いまや川崎駅前は再開発ですっかりきれいになりました。
オサレな街といってもよいかもしれません。

ところが、それはそれ、やっぱり川崎です。
昔よく行った安い大衆食堂がのっけから登場し、そこですでに私はハイテンション!

当時は東芝の敷地がまだあって、駅の回りには浮浪者も不良者もウゴウゴいたのが思い出されました。
旨い牛タン屋もありましたが、開発後はごっそり吹き飛ばされたような感じでした。
ところが、それがしっかり生き続けていたのもわかりました。

映像では昼間っからカップ酒を喰らう空きっ歯のおやっさん、「先生」と呼ばれる立ち呑み居酒屋の常連の巨匠、どう見てもまともじゃないよな~、と思われる数々のツワモノたちが・・
え? 私の仲間たち?いやいや・・

*******

テレビのMCの方たちも、くしゃくしゃに相好を崩して「いいナ~!」と絶叫!
他の特集ではそんな表情は滅多に見せません。

なんでかな・・?と、ふと思いました。
私が思うにたぶん、社会的な仮面をかぶってる自分を脱ぎ捨てて、ハダカの自分になれる予感がするからじゃないでしょうか。

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昔にくらべ、いまは生活レベルは格段に上がってます。
私がご幼少のみぎりであった当時、お母さんたち(当時の私からすればオバチャンたち)は割烹着かなんかを着てひっつめ髪。化粧なんぞする余裕はなく、女を捨てて、生活するのにせいいっぱいのような雰囲気でした。

子どもたちはセーターの肘やズボンのヒザに穴が空けば、ツギを当てて着続けました。
青っ洟(パナ)をいつも垂らしてる子もいて、服の袖口はテカテカに光ってました。
そんな子が、「お相撲しよう!」などと言って私にかかってきますと、「ちょ、ちょっとヤだナ~・・」などと引いたりしてました。

私の住んでいた豪邸は全部で48棟の団地。
2DKで、おそらく50平米より狭いです。
そこに、一家4人住んでいました。
いや私の家だけではなく、それが全然普通の、ごく一般の家庭でした。

私の父が言っていました。
「家賃は、給料の半分だったよ」と。
いまの人だったら、そんなところに住んだら奥さんに首絞められますよネ。

現在、お母さんたちはお化粧もしてキレイな身なりをしています。
「美魔女」なんていうキーワードもあります。
ツギを当てた服を着ている子どもなんて、見かけません。

でも、自殺する子どもも大人も増えています。
幸福は物質的豊かさや優越感によってもたらされるものではなく、自分の心が決めるのですから、逆に自分の心そのものがわからなくなっている、それが現代なのかもしれません。

なにはともあれ、川崎行かなきゃ~!!
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# by ryu-s1959 | 2017-04-03 09:41 | 随感

天使

この世に天使は、ちゃァんと居ます。
でもそれはしばしば、見かけは天使とはかけ離れていたりします。

このブログでもだいぶ前に書いたSさん。
彼はホンモノの天使でした。
いささか酒臭い天使でしたが・・

一方、見かけは天使のような人も、いっぱいいます。
でも意外と、頭に「ペ」のついた天使だったりします・・
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# by ryu-s1959 | 2017-03-22 06:54 | 語録、あるいは覚書

サラ・オレイン

家の、とっても小っちゃなラジオから流れていた歌声を聞いて、ハッとしました。

う、美しい・・!
もしかして、ケルティックウーマンのクロエがソロで歌ってるんだろうか・・?とも思いましたが、サラ・オレインという人だとのこと。
さっそくHPを調べてみましたが、ザンネンながら今年は聴きに行ける日はなさそうです・・

本日CDも買いました。
録音もよく、奇跡の音を奏でるオーディオで聴きましたが、いや大満足です。

彼女は、いろいろカバーもしていて、器用なパフォーマンスを奏でますが、バラエティに富んでいる分、世界が少々交錯します。
ケルティック・ウーマンのように、ただひたすら天上の音楽に酔いしれるわけにはいかず、多色な側面を味わう感に終始した感もありました。

今後、サラの本当に深い部分を、才能や技術を以てしてではなく、深淵に導かれるごとく魂の琴線に響く音楽にまで掘り下げていただければ、私としては本望です。


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# by ryu-s1959 | 2017-03-21 09:42 | 随感

ワクワク・ドキドキがない

最近、つとに思うのですが、いろいろ便利になってスゴい!
インターネットは確かにスゴいし、ケータイもスマホも、ラインもインスタもSNSも、すごすぎ。
(いやネ、私はネ、スマホは持ってないのですけどネ・・)

私が20代の頃は、そんな世の中は想像すらできなかった。
いまや欲しい情報は、上記のいろいろなツールでなんでも手に入ります。
だからか、だいたいのものが、なんとなくわかっちゃう。

どこどこのお店は美味しいとか、ここだったら間違いはない、とか。
とにかく安全策を採ることができる。
そこには失敗はないけど、一方、ビックリするような喜びもまた、ない。

よくサプライズとかやってるけど、あれはする方もされる方も、なんとなくあらかじめのコンセンサスがありそうな雰囲気も・・
そしたら半分本気で半分芝居で、ものすごくビックリしたフリをしなくちゃイケナイ。
なんだかこれもまた、ほんのり疲れるよネ。

どこであってもどんなものであっても、もう誰かが検証済みで、なにかには紹介されていたり・・
だからブラウザには、世界のあらゆるものが圧縮され、陳腐化されてひととおり画面化して映るのですけど、そうなると、なんだか世の中すべてが平板に見えてきちゃう。

情報のない未踏の地。
飛び込んでみないとわからない異界。
心臓がドキドキするような冒険。
足を棒にして歩き回らなければ得られない知見。

街のなかで、そんな闇を孕(はら)んだゾーンは、もはや生息できなくなっちゃったようにも思えるなァ。

スカイツリーに行ってみたい?
ソラカラちゃん、かわいいかな?
ディズニーランドは楽しいよネ?
ヒカリエって、わくわくする?
新しくなった駅ビル、面白い発見がある?

ウ~ン、そうだねェ・・・
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# by ryu-s1959 | 2017-03-18 14:44 | 随感

宇宙

どのような仕事からも、どのようなささいな行動からも、そしてあらゆる行為、あらゆる事象からも、宇宙は見えるのだと思う。
宇宙が見えないのは、こころの曇りがあるからだ。

かくいう私のこころには、まだまだ曇りが多い。
いやいや、曇りばっかりダ。

でも、その雲の向こうに澄み渡った宇宙が拡がっているという予感は、ある。
なぜならば、時折、ホンのちょびっと一瞬、姿を見せることがあるからだ。

そういうことがあるたび、ああ、誰しも、もともと大いなる愛に包まれているンじゃないだろうか、なんて感じる。
業績を残したとか、努力したとか功徳を積んだとか、そういったものなしに。

だから高い山に登らなくとも、大海原に出航しなくとも、壮大な永遠は恒にかたわらにあり、そこかしこに遍在している、そんなふうにも思えるのです。
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# by ryu-s1959 | 2017-03-04 11:41 | 語録、あるいは覚書