蒼い夏

遠い記憶をたどっていきますと、幼い頃の夏はなぜか、どこか青っぽいフィルターがかかっています。
その追憶はいつも再現できぬもどかしさに溢れ、胸の奥に軽いうずきを覚えます。

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ニイニイ蝉がたくさんいて、アブラ蝉はその次、ミンミン蝉はちょっとあこがれでした。
カブト虫なんて捕ったらもう、天下を取った気分。

木造の小学校の、蝋(ろう)を引いた黒い廊下を突き抜けると暗い理科室があり、そこにある人体模型は色とりどりの臓器を晒しておりました。
胆だめしにも使えそうなその空間に、私は怖れを感じるとともにどこか幻想的な、異界への入口もありそうな雰囲気に惹かれもいたしました。

ふと拾ってみたガラス瓶の破片で自分の指を切ってみて、ひとすじの血がタラリと流れてきたとき、はじめて痛みを感じました。
でも存外へっちゃらで、痛みには鈍かったような気がします。

あのときの自分は、どこへ行ったのだろう・・
いや、「いま、ここにいる」のも事実。

ただ・・ いまの自分は蝉を見たって欲しいとは思わない。
見世物小屋があったって、「ああ、作り物だ」と思ってしまう。
まして、自分の指を切ってみようか、なんて絶えて思わない。
でも、「あのときの自分」、「あのときの心持ち」はまぼろしなどではなく確実にあって、いまも胸の奥で生き続けているのです。

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ところどころニスの剥げた足踏オルガンの蓋を開いて二度三度、濡れて音の出ない鍵盤を奏いた。
あの日のままの席順に木椅子は睡り、睡りのなかでときおり軋る。

薄荷の匂いに混じって薄桃色の匂いが籠って酸っぱく醗酵してゆくようだった身体検査の日の保健室。
硝子に遮蔽された奇妙な植物の目だたない快楽の色。

破船の一室に航海の幻が青い滴となって一点に滲むように、はるかな夏のまぶしい木霊が一瞬しんとした校舎と共鳴し、いっせいに校庭のヒマラヤ杉の梢に蝉が鳴きだしたようであった。
だがそれはまだ清潔な理科室の蛇口から水が一滴落ちただけのことにすぎないのだった。 

               淺山秦美 「午睡の翅」より
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# by ryu-s1959 | 2017-09-13 13:39 | 随感

尋ね人

先日、逆流性食道炎の方からご予約の申込みがありました。

*空腹時に喉のつかえ
*内視鏡検査で噴門の3分の1が赤くただれている
*内科、針、整体をしたが変化がなく、困っている

とのことです。

できることなら、私もなんとかして差し上げたい。
しかし、お名前からアドレス、ご連絡先まで、すべて空欄。
私の方からは連絡の取りようがありません。
困った・・
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# by ryu-s1959 | 2017-09-10 13:51

嗚呼、去りゆくオートバイ

このたび、ヤマハ発動機で「SR400」、そして「セロー」が生産中止になるとのこと。
このふたつのオートバイは、実に息の長いロングセラーでした。

SR400はとてもシンプルな装備で単気筒。
乗っていてドコドコ感が、ファンにはたまらなかったでしょう。
また、ヴィンテージ風にカスタムアップする素材としても愛されていました。

そしてセロー。
これは、私が乗っていた最後のオートバイ。

セローは私を、どこへでも連れていってくれました。
究極のオフロードバイク。

舗装のされていないオフロード、廃道になった道、ガレ場、崖崩れ、雪道、アイスバーン、、、
それらすべての道(なき道)を、セローは前に進んでくれました(もちろんある程度の技術は必要です)。

山の一角、人の気配のまったくない場所でただひとり、大自然のふところでアルコール摂取をさせてくれた、大切な友、と呼んでもよいのかもしれません。
大自然と焚き火と酒、この上ない贅沢を味わわせてくれたセロー。
私をこんなにジャンキーにさせてくれたのも、セローがあったからなのかなァ・・?
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# by ryu-s1959 | 2017-09-06 18:53 | 随感

シゲちゃんに捧ぐ

「愉和 音楽館」のなかの「人間の証明」をシゲちゃんに捧げます。

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中学のときの同級生だったシゲちゃん。

シゲちゃんはお茶目でやんちゃで人気者。
でもやんちゃすぎて、いっしょにいた私とふたりで、よく職員室にご招待されてました。
「あとで職員室へ来い!」

「清水、あいつといっしょにいると、お前まで目をつけられるゾ!」と、先生に脅されたりもしました。
でもシゲちゃんは頭もよく、高校は進学校に進みました。

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45歳という若さでこの世を去ったシゲちゃん。
私の母親が逝ったとき、涙を流してくれたシゲちゃん。
統合失調症だったシゲちゃん。

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どこか旅行に行ったときの土産をシゲちゃんにあげたとき、
「これ、もしかして清水がオレに嫌がらせをするために買ってきたんじゃないか?」と言われ、
「はァ?!テメーわなんてこと言うんだァァ?!」
などと怒ったこともあります。

当時は統合失調症について、なんの予備知識もなかったのです。

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シゲちゃんは電話魔で、よくかかってきました。

電話口で「清水よォ、オレん家来いヨォ」と、何度も何度も何度も言われます。

それでは、と、なんとか時間をやりくりして作って、
「じゃァ行くゼ」と言うと、
「今日はいいよ・・」と言われ、
「はァ?!テメーわなんてこと言うんだァァ?!」
ということになっちゃうのもちょくちょくでした。

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時折、シゲちゃんのお袋さんから電話があり、
「清水く~ん、、、ウチに来てくんな~い?」と懇願されたりすることもありました。

シゲちゃんが被害妄想で不機嫌になったり暴れたりすると、ふたり暮らしのお袋さんは、どうにも手に余らせてしまうのです。
私が行くと、シゲちゃんもご機嫌になって空気が和むので、そんなご依頼があったりするワケです。

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それまでシゲちゃんは、勤めに出ては辞めるということを繰り返していていました。
で、彼が辞めたときは、すぐにわかります。

まず電話が来るのですが、話の仕方、様子で、「ハハァ、これはまた辞めたんだナ」と、すぐにピンと来ます。
やおら私はシゲちゃん家に行って彼を連れ出し、どこかへ連れてったり、私の家に連れてきて酒を飲ませたり、なぐさめたりしてました。

「オレはハメられた」というのが、シゲちゃんの口癖でした。
往事、病気のせいもあったのだといまは慮りますが、そのあとはずっと引きこもり状態です。

ただシゲちゃん家はいわゆる資産家で、賃貸経営をやっていて、額はわかりませんが不労所得がかなりあります。
ですから、生活自体にはなんの支障もありません。

一方、当時の私は会社を辞めてこの仕事を始めたばかりで、先行き不安がいっぱいでした。
ですので、ホントは人のことをかまってる余裕はないハズなのですが・・

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シゲちゃんは被害妄想が激しく、家でも困ったことがよく起こっていたようで、私はシゲちゃんのお袋さんに頼まれて、区役所の福祉課に相談に行ったこともあります。
要は赤の他人が相談に行くわけですが、福祉課では意外と親切に対応してくれました。

「ん~しかし、なんで失業者であるオイラが資産家のために奔走してるんだろう?? ホントは逆じゃないか???」などと首をひねったものでした。

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シゲちゃんの電話の内容は、パターンはいくつかあれど、いつも同じでした。

シゲちゃんは、大勢いる彼の友達にも、しょっちゅう電話をかけていました。
最初はみんな親身に相談に乗って、いろいろアドバイスしたり提案したりしていましたが、いつまで経ってもシゲちゃんはなにも変わりません。

そしてまた十年一日の如く、同じ内容の電話が果てしなく来るワケです。
いつしか、友達はみんな縁を切ってしまいました。

ただひとり残った私のところへ、シゲちゃんは総攻撃。
私はといえば、もうサンドバッグ状態。

もちろん私とて、いつもニコニコ聞いていたわけではありません。
そこまで出来たニンゲンはそうそういるものではありませんが、もちろん私も例外ではなく・・

こちらは仕事がまだ廻ってはいない状態で、ファーストフード店でボロカス言われながら必死でアルバイトもやっていた私には、のうのうと昼間から酒を飲んでいるシゲちゃんをうらめしく思う気持ちもありました。

ですから正直、イライラする気持ちはありましたし、辛く当たったりすることもありました。
それでもシゲちゃんは、どんどんどんどん電話をかけてきます。

賃貸の部屋がひとつでも空くと、「清水~! オレん家はもう火の車だ!」と叫びます。
でも同じ電話で、
「車を買い換えようかと思ってるんだけど、BMWにしようかクラウンにしようか迷ってる。清水、どっちがいいと思う?」

「はァ?!テメーわなんてこと言うんだァァ?!」
「火の車の意味がわかってねェだろォォォ!!」

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そんなこんなで月日は流れ、またいつものように電話がかかってきました。

もはや嫌気が差していた私は、「用事があったらメールで送れ!」と突っぱねました。
「待ってくれ!これだけ聞いてくれ!」と、シゲちゃん。

でもそれは毎度お馴染み、いつものパターン。
大した用事もないのに大げさに言っておいて、でも内容はいつも通りに終始するのです。
私は大して気にも留めずに、電話を切りました。

それから後、しばらくしてからお袋さんから電話があり、言葉を詰まらせています。

「シゲが、シゲが・・」

私はシゲちゃんになにか起きたのだと感じ、まァ見舞いにでも行くか、、、とも思いましたが、なんだか様子がただなりません。
ようやく話せるようになったお袋さんの話では、シゲちゃんは急性心不全で亡くなったとのこと。

私は、あまりの突然のことでショックを受け、呆然としてしまいました。
45歳、若すぎる・・
また、あのときなんでシゲちゃんの話を聞いてやれなかったんだろう、と激しく後悔。

かくて、シゲちゃんの葬儀に友達関係ではただひとり出席し、お袋さんといっしょに泣きました。

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それからは、当たり前ですが、シゲちゃんからの電話はいっさいなくなり、静かな日々が訪れました。

あのときのことは、いまでも悔やまれます。
シゲちゃんはいったい、なにを言おうとしていたのだろう・・
もしかしたら、いつもとは違う内容を話そうとしていたのではなかったか・・?

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ときに、お袋さんは足が悪く、それからはどこかの家に身を寄せているか、あるいは施設かどこかに移ったのだと思われます。

一本電車は使いますが、シゲちゃん家付近は、私の散歩コースのひとつのなかに入っています。
そのあたりは、もともと私のホームグラウンドでもありますし。
ずっとシゲちゃん家も、敷地にあるアパートもそのままなのですが、人の気配はまったくしなくなりました。

・・それからまた年月が過ぎ、ある日シゲちゃん家の前を通りました。
そうしますと、あの大きな家もアパートもなくなっており、戸建ての家が何棟かできていました。
おそらく、お袋さんも亡くなったのだと思います。
遺産を相続した人が分譲で家をいくつか建てて、売ったのでしょう。

できることならお袋さんに手を合わせたいという気持ちがありますが、どこに墓や遺影などがあるか皆目わからず・・
心のなかで手を合わせるしかありません。

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シゲちゃんとの思い出のなかに、こんなことがあります。

彼の申し出で、クラブなるところへ行ったときのことです。
キレーなおネエちゃんがいて、お酒など飲みながら彼女といっしょにひとときを過ごすという場所です。

私はそんなところに行ったことはないのですが、シゲちゃんはときどき行っていたようです。

タバコを取り出すと、おネエちゃんはサッと火を出してくれます。
シゲちゃんはお酒も入り、上機嫌。

でも、アルコールが入りすぎると、だいたいシゲちゃんはアヤシくなるのですが・・、
案の定です。

店内にはピアノが置いてあったのですが、シゲちゃんは、
「清水の人間の証明が聴きて~!」とゴネだしたのです。

私は、「ここはそういう店じゃないし、オレもこんなところでは弾きたくない」
とシゲちゃんをなだめます。

その後、とうとう最後までシゲちゃんに聴かせることは叶いませんでした。

シゲちゃんよォ、天国で聴いてくれ。
オイラが演るのは、ソウルフルだゼ~!
しかも、ワイルドだゼ~!(ふ、古い・・)
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# by ryu-s1959 | 2017-08-27 09:03 | 随感

愉和 音楽館

このたび、HP上にアップしました。
フッダー(下の段のコンテンツ)にリンクしてあります。

「練習しないだァ?」と言われそうですが、
私としては「せめて月に一度くらいはピアノいじろうよキャンペーン」を実施しておりますがはてさて・・
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# by ryu-s1959 | 2017-08-26 06:06 | 随感

ヲッサンの主張

保冷剤でできた抱き枕が欲しい、
敷き布団も保冷剤、
掛け布団も保冷剤、

あ、もちろん冷凍した状態で・・
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# by ryu-s1959 | 2017-08-25 21:40 | 随感

私の敬愛する人物(架空編)

「バイクメ~ン」の本木ファッツひろみ。
「ろくでなしブルース」の中田小平二。
「飛び出せ!青春」の片桐次郎。

そうそう、グレートな人がもうひとり、
「天才バカボン」のバカボンのパパ!
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# by ryu-s1959 | 2017-08-25 06:08 | 随感

ヲッサンの主張

夏に西高東低を!
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# by ryu-s1959 | 2017-08-14 21:50 | 随感

ボウ・ブランメル

ジョージ・ブライアン・ブランメル、この名をご存知でしょうか。
「稀代のダンディ」、「モードの帝王」、あるいは「ファッションの絶対専制君主」、などと呼ばれます。

その服装のいでたちは絶対であり、更にその言動に人々はおろか皇室までも翻弄され、ブランメルが来るかどうかでサロンの成功が左右される、かくのごとくの存在こそが、ボウ(美男子)・ブランメルなのです。

実は彼の身分は平民であり、実際は容姿も決して美しい方ではなく、本来は上流社会のサロンに出入りできるものではありません。
ところが彼には武器がありました。

*非の打ち所のない身だしなみ。
*容赦のない皮肉。

これだけで彼は、バイロン卿をして、「ナポレオンになるよりも、ブランメルになりたい」と言わしめ、仕立屋をして、「皇室御用達」よりも、「ブランメル様御用達」と看板を出させたがらせたのです。

それだけの支配力を持ったブランメルは、さぞかし煌びやかな凝りに凝った衣装を身に纏ったのであろうと思いきや、実はまったく逆です。
できるだけシンプルに、しかし趣味よく、むしろ目立たないようにしていたのですが、それが逆に新鮮だったのでしょう。

オーダーメード、テーラーメードというのでしょうか、ブランメルのサイズにきっちりと合わせた、出来のよい服を、それはそれはきちんと着こなしていた・・、
言わばただそれだけなのです。
なにせ、服を着るのに、およそ2時間かけていたのですから・・

洗練され、研ぎ澄まされ尽くした身なり、これが他の誰をも追従を許さず、あたかもブランメルの存在を孤峰の如くに際立たせ、しかして帝王として社交界に君臨させていたのです。

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スポーツはしません、服が乱れるから。
それよりなにより、何かに夢中になるということは、そのものよりも自分を下に見ているということですので、すでにダンディではありません。

ですからスポーツにも趣味にも、とにかく熱中ということはせず、常になにごとにも醒めて静観するのみ。

ちなみにアメリカのレイモンド・チャンドラーなどのハードボイルドの世界、あれは細かく言えばダンディとは少々異なり、どちらかといいますと「痩せ我慢」の美学といってよいでしょう。
誰かの評価を期待する雰囲気を感じさせるハードボイルドと違って、ダンディは他になにものをも委ねません。

ニル・アドミラリ(無感動)とアパシー(無関心)こそは、ダンディの両輪といってよいでしょう。
究極的には、ニヒリズム以外のものではないのかもしれません。

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さて、そんなブランメルにも落日は訪れます。
借金のかどで投獄され、また身体の衰えによってかつての美しい身なりは影をひそめ、やがては健忘症を患います。

自身のことさえもままならなくなったとき、ブランメルはかつての栄光の追憶のなかだけで生きていたとも聞きます。
周囲からみればとんだお茶番のようにも見えますが、それでも最後までブランメルを援助しようという人物もありました。

冷徹な人間のように伝えられるブランメルですが、こんなエピソードを聞きますと、実際はあながちそうでもなかったのかもしれませんネ。
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# by ryu-s1959 | 2017-08-08 07:14 | 随感

ゴッドハンドって?

こんな方が見えました。
骨ボキボキの施術を受けて、頭痛・めまい・吐き気が激しくなった・・
もともと不調はあったわけですが、力ずくの施術で大きく悪化したわけです。

拝見してみますと後頭骨がもう完全に詰まってしまって、気持ち悪さとめまいで普通に横にもなれない状態です。
座布団を何枚も重ねて、その上に枕も置き、ほとんど座椅子のような格好で始めるしかありません。

昔の古傷を処理し、耳の三半規管や胃に行く圧迫をほどき、頭部を詰まらせていた大本を調整して、ようやくひどい症状は治まりました。
初回で辛い症状は約半分になりましたが、ボキボキがなければおおよそは治まっていたハズです。

お話をうかがいますと、首を、一方向にだけではなく、あらゆる方向にボキボキバキバキされたとのこと。
つまり、念入りに念入りに毀されていたわけです。

この場合、慎重に丁寧に一歩一歩詰まりをほどいてゆかねばなりません。
本来はしなくてよい作業でもあり、お客さんにとっては余計な通院ということにもなります。
こんな尻ぬぐいとも言えるような操法はこれまでも、幾度となく、ちょくちょくあります。

数回の施術でほぼ日常の生活を取り戻していただくことができましたが、それでも後頭骨の詰まりはまだゼロではありません。

聞いた話ですとそのバキバキボキボキの施術家は、いわゆるゴッドハンドと呼ばれる先生とのこと。
ゴッドハンドはいまや大安売り、出血大バーゲン状態です。

私はそんな呼称はいらない。
なぜって、そのまんまふつうの手だからです。

ゴッドハンドは世界にだひとり、大山倍達だけですヨ。
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# by ryu-s1959 | 2017-08-07 09:08 | 随感